辰巳芳子から皆様へ
人類が豆に頼らなくてはならない時代が必ずきます。
子供たちの手を借りて大豆をまこうという提言。
食 の安定性や自給率など、深く憂えてのこと。
切 に願うことはただ一つ。
子供たちの安らかな未来です。
1924年、東京生まれ。料理家、随筆家。
聖心女子学院卒業。料理研究家の草分け的 存在だった母・浜子の 傍らで日本の家庭料理を体得し、シェフ数人について洋風料理を長く学ぶ。
雑誌やテレビなどで料理を発表するのみならず、日本の食文化を世界の それと比較してとらえる視点や、食といのちのかかわりへの洞察を もって積極的に発言している。
著書に「手しおにかけた私の料理」(婦人之友社)、 「辰巳芳子の旬を味わう」(日本放送出版協会)、「味覚日乗」(かまくら春秋社)、「家庭料理のすがた」(文化出版局)、「あなたのために」(文化出版局)など。
現在NPO「良い食材を伝える会」代表理事、「確かな味を伝える会」最高顧問。
「スープの会」を主宰し、自宅等で教室を開き、地域高齢者へのスープサービスも行っている。
子供たちの手を借りて大豆をまこうという提言。
食 の安定性や自給率など、深く憂えてのこと。
切 に願うことはただ一つ。
子供たちの安らかな未来です。
大豆100粒運動を支える会会長 辰巳 芳子
「大豆100粒運動」の意志
生命は、もろいものです。
とりわけ、幼い生命は大変傷つきやすいものです。
それは、どれ程見守っても充分とは言えぬほどのものです。
この命を大切に致したく、手はじめに、この国の大豆を再興することから手をつけました。
方法の第一は、
学童が掌一杯、約100粒の大豆を播き、その生育を観察・記録し、収穫を学校で揃って食べることを奨励・拡大することです。
第二は、
各風土の特質ある大豆、即ち、在来品種とその食方法を調査・発見し、復活・振興をうながし、援助することです。
これは誰にとっても、興味つきぬ命題で、生き甲斐にさえつながりましょう。
第三は、
大豆再興が、地域の着実な「底力」となるよう、情報交換し、「合力」することです。
とりわけ、幼い生命は大変傷つきやすいものです。
それは、どれ程見守っても充分とは言えぬほどのものです。
この命を大切に致したく、手はじめに、この国の大豆を再興することから手をつけました。
方法の第一は、
学童が掌一杯、約100粒の大豆を播き、その生育を観察・記録し、収穫を学校で揃って食べることを奨励・拡大することです。
第二は、
各風土の特質ある大豆、即ち、在来品種とその食方法を調査・発見し、復活・振興をうながし、援助することです。
これは誰にとっても、興味つきぬ命題で、生き甲斐にさえつながりましょう。
第三は、
大豆再興が、地域の着実な「底力」となるよう、情報交換し、「合力」することです。
「大豆100粒運動を支える会」 会長 辰巳芳子 プロフィール
1924年、東京生まれ。料理家、随筆家。聖心女子学院卒業。料理研究家の草分け的 存在だった母・浜子の 傍らで日本の家庭料理を体得し、シェフ数人について洋風料理を長く学ぶ。
雑誌やテレビなどで料理を発表するのみならず、日本の食文化を世界の それと比較してとらえる視点や、食といのちのかかわりへの洞察を もって積極的に発言している。
著書に「手しおにかけた私の料理」(婦人之友社)、 「辰巳芳子の旬を味わう」(日本放送出版協会)、「味覚日乗」(かまくら春秋社)、「家庭料理のすがた」(文化出版局)、「あなたのために」(文化出版局)など。
現在NPO「良い食材を伝える会」代表理事、「確かな味を伝える会」最高顧問。
「スープの会」を主宰し、自宅等で教室を開き、地域高齢者へのスープサービスも行っている。