2006年05月04日
金屋さんの制作した「音楽と50年」は、まさに万葉撰修です。音楽を恋人と語り合うように楽しむことができる。
作曲家の川口耕平先生は、金屋さんと作品を評して「金屋さんの制作した全集は、その一つの表裏を聴けば、響き出る音楽の美しさと楽しさに、理屈抜きで心が踊るのを覚えずにはいられない。壮大な構想で、それは『ヨーロッパ音楽全体の歴史的俯瞰』である。」と言われている。
私のような初心者でも、その一つひとつのアルバムに、またアルバムの流れにいつの間にか引き込まれてしまう。そのいくつかをご紹介したい。
箕作秋吉(さくらさくら)からラヴェル、ショスタコヴィッチ、ガーシュウイン、ショパンの流れ、バッハ(ムストネン)の純粋な響きから池内友次郎(弦楽四重奏曲)の森林の叫びにより共鳴した頭脳へ、それをショスタコヴィッチ(プレリュードとフーガ)のやさしさが静めてくれる流れなどは、絶品としか言いようがない。どのアルバムも明確な撰集意図をもって聴き手を導くすごさ。これは、まさに金屋さんの詩であり物語である。ハイドン(ピアノ三重奏曲 ハ長調)からデュカの悲しみの重さがモーツァルト(マティス(S))で鎮められ、マーラー(7番)で深い世界に入っていく。グレゴリオ聖歌からランベール、シューベルトへの展開は、感動的。
ムストネン(P)の演奏。Eサイードが、ベートーヴェン後期作品により「人生後期の仕事」を記述してきたが、金屋さんのベートーヴェンは所謂ポピュラーでないものに多くを発見する。池内友次郎は煩悩の奥深く響く。迫力はデュカのピアノソナタ。高田三郎、ダングルベール(組曲 ハ長調、ルセ(Cemb))は、こころ休まる。ベルゴレージ(アンダンテ ヴァイオリンソナタ、モリーニ(P))、巖本 真理四重奏団、宍戸睦郎からR.シュトラウス、メシアンへと広がる世界は、もう誰もNoとは言えない。
50年を一つの区切りとして100巻以上に及ぶアルバムを制作したものが、
金屋さんの大作「音楽と50年」である。

